HOHLFORM
Year: 2017 (Date: Sep.17.)
Location: Inubousaki, Chiba
Weather: Typhoon Talim (No.18)
Material: Glass, iron, sterile purified water, LED, sea sand, photo, tin
Dimensions: H370 x W330 x D330 mm

ーーこの作品は、台風の接近する犬吠埼の海岸で制作した。台風の時に海岸に行くなんて危険すぎるし、やめた方がいい。しかし、このときの僕はそうする必要があった。ただの思いつきや無鉄砲な興味関心ではなく、そこにしかないものが在るという予感があり、身をもって確かめる必要があった。

轟音を響かせる台風は、暴力的な負荷を心身に与える。荒れ狂う海岸に捕まるものはなく、風を遮るものも何もない。暴風雨に抵抗し、やっとのことで踏ん張っていると、強烈な恐怖感が全身を駆け巡り、その場から逃げ出したくなる。それでもその場になんとか身を慣らそうと堪えていると、逆説的に「生きている」ことを痛切に実感する。

9月半ばの気候であれば数分で溶け出す錫も、暴風雨の中では全く溶けはじめようとしない。手持ちのバーナーで上下からあぶり、強制的に温度を上げる。30分ほど経っただろうか、ようやく錫の表面が、見慣れた液体鏡面に変化し、輝き出す。台風は西から徐々に近づいてきていて、荒天に拍車がかかる。溶けた錫の入った鍋を手に、全身に風雨をあびながら、波際に向かって歩を進める。消波石が身を挺して潮を砕いてくれてはいるが、それでも身震いするほどに波は高い。海面から岩が顔を出している場所を足場にし、岩の上でしばらく高波の往来を見極る、波を待つサーファーってこんな気持ちなんだろうか。一つの波の動きに狙いを絞り、再接近する瞬間を待ち構えた。頭をもたげた波が轟音と共に迫ってくる。眼前でその威圧感は頂点に達する「ヤバい」と感じると同時に「GO!!」。

……溶かした錫を波に向かって投げ入れた。約240度の錫は波に触れた折から次々に急速に凝固し、海水に絡め取られ海に引きづり込まれていく。咄嗟に岩から飛び降りヘソまで海に浸かり、凝固したものを手で拾い上げる。海での鋳造。これを日が暮れるまで繰り返した。ーー

港の近くで育った私にとって、海はとても身近な存在であると同時に、水中の不可視領域の広大さに畏れを抱く存在でもありました。ときに自然は災害として私たちの生活を脅かします。また一方で、自然現象が生じさせる造形・風景や体験は、私たちを癒し、心地良くもしてくれます。これは自然を捉える視点や接し方によって、自然というものの有り様が無数に存在することを意味しています。タイトルの「HOHLFORM」とは生物学者ユクスキュルからの引用です。ユクスキュルは、私たちはわれわれが自然を征服し、自然と共生していると考えがちだが、そうではないと言います。「生命の知覚に自然世界が押し付けて負の型(hohlform)として型抜きしている。知覚によって対象化された世界は知覚範囲によって左右されるため、われわれが知覚しているものはナマの自然ではない。」ユクスキュルの思想は、主体はわれわれではなく自然にあるという視点に立っています。

台風が迫る中での制作の光景は、まるで波が錫を削り、押し曲げ、ひねり、彫刻をつくっている様でした。自然は何かをつくりもするし、破壊もします。私たちが自然をコントロールできるようになるにはまだまだ時間が必要でしょうし、その結果、世界は変貌してしまうかもしれません。私自身も自然によって型抜きされた存在であることを感じるとともに、自然の未だみぬ側面に触れることで、自然とともに「つくる」ような感覚で新しい形態をみつける試みです。

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